孤独は危険
https://www.theguardian.com/commentisfree/2015/oct/23/loneliness-health-dangerous-old-age-death
あるラジオ局は、電話をかけてきた95歳の孤独の男性に手を差し伸べた。だが、多くの人は自分自身で孤独であることを対処しなければならないか、早い死を含む健康への影響に直面しなければならない。
ビル・パーマーは孤独だった。パーマーはBBCのラジオ番組にかけた電話でそのことを語り、地元のラジオ局は彼が他のリスナー達へ語れるようスタジオにビルを招待した。ビルの話は反響を呼び、更に多くの助けが彼の元に届いた。
このような注目を集めたのは良いことだと思う。一方で、私の推測を言うと、ビルが本当に欲しかったのは、認知症になる前の彼の妻と一緒に居たかった、彼の長年の友人達と、彼らが亡くなってしまう、もしくは彼らが外出できないほど弱ってしまう前に一緒に過ごしたかったのではないだろうか。我々が他の人達と長い時間をともに過ごすと、お互いの交友関係は変わる。お互いに反発しても、なんとか丸くおさまることで切り抜ける。これは、互いに語ること無くても気分が良くなったり、また、愛する人のからウィンクで彼女・彼が何を伝えたいかがわかることといっても良い。これは、我々が自分の愛する人や古い友人達と議論をしない、ということではない。我々はどうすれば良いのか知っているし、互いに気持ちがつながっている問うことだ。愛する人や友人達とのつながりを失うことは、まるで自分の一部を失うことのように感じられるだろう。
95歳という年齢でも、ビルが、まるで古くからの友人のように感じられる新しい友人を持てることを私は願っているが、それは難しいだろう。我々は孤独になればなるほど、人とつながろうとすることは難しくなる。
かつて、孤独であることは人と交流するのが苦手、もしくは風変わりな性格ととらえれた。その為、今でも孤独であることは後ろめたく、恥ずかしいという意識につながる。しかし、大切なのは、孤独であること、イコール敗者、ではないということだ、孤独は全ての人に影響する。あなたはこれまでホームシック、片思い、また無視された故の屈辱を感じたことはありますか?私たちが他の人たちからの理解やつながりを求める時に感じる空虚な痛み、これら全てが孤独というものだ。
寂しさは、のどの渇きや空腹感のように、必要な感情だ。我々は、その感情を難しい状況の時に見ようとしない。我々は、それについて何かをしなければならない時に寂しさを感じる。寂しさは、早い死を招く危険要因の一つだ。人間は孤独ではない、我々は群れる動物だ。認知症、高血圧、アルコール依存症等は全て、孤独によってより引き起こされる。そして我々のメンタル・ヘルスの低下の主な原因となりうる。孤独は寂しいだけではない、危険なのだ。
孤独が我々にとって良くないことであると判っているのに、何故、我々は例えば夜間の勉強会に参加してもっと友人を作ろうとしないのだろう?何故、友情を戻そうとしないのだろう?悲しいことだが、我々の多くにとって簡単なことではない。何故か?孤独という感情は、社会的脅威への過剰な警戒感を伴う状況を引き起すからだ。そして、私たちが社会への脅威を感じる時、私たちは拒否されるような態度を示す傾向にあるからだ。それは強い思い込みになる。この過剰な景観感の状態で、個人は拒否や冷淡さにとても異様なほど過敏になる。何かを必死に見つけようとする時、何が起きるだろう?たいてい私たちは、それを見つけてしまう。
孤独にある人達が、何故、外に出て交流を加わろうという考えを受け入れない傾向が強い理由はこれかもしれない。他の人が自分よりも優れていると考えることは、自分は他の人よりも優れていると考えて他の人と交流しない言い訳にするのと同じだ。どちらの考え方は交流から身を引くという状況を加速させる、更に社会からの隔絶という感情を強めてしまうことになる。そのような状況に至ると、ヴォランティア活動に参加する、勉強会に加わる、もしくは電話に堪えることすら難しく感じてしまうだろう。
誰もがビルのようにラジオ局の助けで多くの新しい友人を見つけられることはないだろう。では、どうすれば良いだろう?最初に、自分が孤独であることを認識してみよう。孤独であることを拒否してはいけない、また、孤独であることが悪いと思わないようにしてみよう。そして、孤独であることが自分にとってどういうことなのかを理解してみる。思い出して欲しい、社会的存在である我々にとって、孤独は危険であることを。三番目に、自分が過剰に何かを警戒していることが判るようになってみる、そしてそれを乗り越えられるように。孤独感によって所汁不信感に固執する理由に過ぎない優越感、そして劣等感を見つめてみることも。
過剰な警戒感を乗り越えることで、自分が一歩を踏み出すような、読書クラブに参加するような過程にいることを感じられるかもしれない。もしこれらの段階を進むことが不可能、もしくは押しつぶされるように感じるのなら、それらの感情を受け入れてみてはどうだろう。寂しさ、孤独感は危ないから、助けを求めよう。遅すぎることは決して無い。